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戦っている時はすべてを忘れられる。
ふと、ある出陣の最中山姥切国広は修業に出る前の自分がいつもそんなことを考えていたことを思い出した。

「・・・増えるとは、思っていなかったな」
ぽつり呟いた山姥切国広は、出陣の最中審神者からの指示が一つ不足していたことに気が付いていた。
今回の任務は新しく本丸に所属された刀剣男士の、今の審神者の霊力とのマッチングを試すための本任務ではなく調査任務。時間遡行軍との戦いに慣れるため、そしていま与えられる身体を構成する霊力に慣れるための出陣だった。
だからほとんどが危険地帯に及ぶことはなく、今こうして取り囲まれるような状況に陥ることはなかったはずだった。
だが、今彼ら4振りはこうして危機に陥っている。
「おい、隊長さんよ・・・主の情報ミスってことになるか・・・にゃ」
刀を構えたまま腰を獣のように低く落としてまるで猫のように金色の眼、その瞳孔を開いたのは南泉一文字。
「そうだろうな」
隊長である山姥切国広は眉をしかめるがやるしかないだろうと、刀を構える。
「采配のせいにしても仕方がない、俺達はやることをやる、それだけだ」
その少し後ろには、銀色の髪を揺らす新たな刀剣男士の姿があった。淡々と冷静に敵を見据える彼こそが、新しく本丸に配属になった刀剣男士。
山姥切長義だった。
「それもそうだ、いけるな、山姥切の旦那」
それに続くように戦闘を行く山姥切国広に対して頷くのは薬研藤四郎。彼の呼び方に思わずびくりと山姥切国広は肩を揺らしてしまう。そしてちらりと、背後の長義の気配を辿る。しかし、彼は別段荒げる様子はなく取り囲んでくる大量の時間遡行軍を静かに見つめていた。
彼の様子に、薬研藤四郎は小声でああ、そうかと気づく。
「すまない、今までの癖が抜けないようだ」
「・・・いや、あんたが謝る必要はない」
多分、きっと、誰が悪いなんてことはないんだ。国広は軽く首を横に振った。
そして。
「とにかく今は・・・突破するしかない・・・突破後、一時撤退する」
それが四振りの戦いの合図だった。
四振りで戦うには相手が多すぎる。何せ、100体近くはいそうだった。どこに潜んでいたのか審神者が何を間違えてしまったのか。それを考えるのは後、とにかく今は本丸に戻るために、そしてここの状況を知るために戦い打ち勝つ必要がある。
ひらり戦闘を斬ったのは、薬研藤四郎。鎧をまとった小柄な男士は薄暗い街の中を駆けていっては相手を一撃で屠っていく。
市街地とはいえ今ここに人はいない。市街地だった場所と言った方が正しい。
「ったくよぉ、後で主にはたっぷり詫びいれてもらわにゃいとにゃ」
大太刀や薙刀でもいれば効率が良かったなんて考えが及ぶほどの多さに、南泉一文字は金髪をまるで猫の耳のように揺らめかせながらしなやかな体のばねを使って駆けていく。どうやら敵の強さ自体は撃破できないほどではなさそうだ。
「・・・」
次に駆け出したのは、山姥切国広、山姥切長義。タイミングは同じだった。互いにそれに気づいて驚いたように一瞬互いの顔を見つめるが、すぐに眉根を寄せて視線を外したのは長義だった。
国広は、何も言わず怪訝そうな顔を浮かべることもなく相手に向かってひらり身をかわしながら、表情を変えることなく叩き切っていく。彼の視界は広い。視界の広さ、過敏さが彼の武器だった。
反対に、長義の戦い方は真っすぐだった。
相手を見据えて、にたりと笑みを浮かべて突入したかと思えばそこは相手の陣中、どのど真ん中だった。
「さぁ、お前たちの死が・・・ここにいるぞ」
いつもの穏やかに見えるような作られたかのような微笑とは違う、本物の笑みを浮かべながら挑発的に唇を釣り上げ、瑠璃色の瞳を殺気でぎらつかせる。こうして挑発された敵は一気に彼にまとめて切りかかっていくが、鬼の形をしたそれを長義は楽し気に顔をゆがめながら叩き切っていく。
「・・・あの戦い方は・・・」
陣中で挑発し、潰していくそれは。
「・・・」
山姥切国広は気づいて、踵を返そうとするが敵が許さない。いくら潰せば、いい。彼はそればかり考える。
このままだと、まずい。
あれは、あの戦い方は。

――捨てられ慣れているものの戦い方だ。

先陣を切り、時間を潰し、そして回収されないまま放置されるように調教された戦い方。
生き残ろうが、その場で壊れようが関係ない。そんな、戦い方だった。
「・・・ちっ、長引かせないようにしなければ・・・だがっ二振り、足りない・・・!」
嫌な予感がする。なんだって、こんなことになっているんだ。
ひらり、ひらりと橙色の鉢巻きを宙で躍らせながら山姥切国広は相手の視線を潜り抜けながらかわし戦い続ける。薬研も陰に紛れながら潰していく。南泉はああ見えて身の危険に関しては本能が働き、負傷率は非常に低い。
隣にいて戦いたい。
けれど、だめだ、山姥切の気を削いでしまう。邪魔はしたくない。これ以上、したくはない。
そんなことを戦闘中にごちゃごちゃ考えながら戦う国広をよそに、山姥切長義は傷つきながらどんどん表情を変えていく。
「ふふ・・・ああ、これが、痛いというものだったなぁ、最近忘れていたよ」
顕現したての事もあって、いくつかの攻撃を彼は食らっていた。マントのように肩にかけていた布はぼろぼろに、体を覆う黒いスーツやスラックスも所々破けて、銀色の髪も乱れている。
「ああ・・・ああ、もっとだ、もっと、よこせ・・・ここからが本気だ」
そう呟いた彼の雰囲気が変わる。
「ふふ・・・」
放出される霊力。
「?!」
思わず敵を倒した後振り返ってしまう三振り。もちろん警戒は怠っていないが、顕現したてとは思えない濃度に、異常を察知する。
「・・・」
霊力を放出した彼の瑠璃色の眼からは、精気が抜けていたのだ。
心が抜けているような、虚ろな瞳がそこにあった。
「ふふ・・・」
薄く笑みを浮かべながら、襲い来る大型の遡行軍すら一撃で屠っていく。けれど、隙があまりにも大きい。一撃は大きいし、なにより。
槍で貫かれていてもびくともしなかった。
刺されたのにワンテンポ遅れた後、振り返りざまにのんびりと切り落としていく。
「・・・」
言葉も気合もなく、彼は自分の体のことなど全く気にも留めずに相手を殺していく。
その姿はただの。
「・・・マジで化け物じゃねえか」
屋根の上に乗っていた南泉はざわりと肌が粟立つのを感じていた。けれど、心配する彼に短刀型の遡行軍が何体も襲い掛かってきてそれどころではなくなってくる。
「・・・」
長義は止まらない。
そして、ついに敵の大太刀が、油断しかない彼の脚を思い切り膝ごと切り落としてしまう。
「・・・」
けれど、長義は何の痛みも感じない顔でよろけ、地面にがくんと腰を落とす。
そこでようやく、彼は我に帰った。
「・・・っ・・・あ、れ」
刀を握ったまま、地面に落ちた彼はかすんでいく視線に気づいた。
どくどくと、なにか液体が自分の脚を濡らすのに気づいた。
何だろう。
見下ろせば失った足の切断部から、赤い体液が止まらずにあふれていた。
「・・・ああ、斬れたのか」
戦っているうちに斬られたのかと彼は気づいた。
「そうだ、痛いんだ、これは」
余りの重傷に感覚がマヒしているのか元からこうだったのかは分からない。
そんな彼の元に、屠り損ねた遡行軍が襲い掛かる。
長義は、刀を反射的に振ろうとした。
だが。

「まずい・・・」
山姥切国広は気配だけで気づいた、本能的に察知した。
見えていないし、きっと他の誰も戦いに気を取られ気づいていないだろう。
「山姥切の旦那?!」
近くにいた薬研は敵を殺しながら、敵を切り倒して直後真っ先に長義に向かって駆け出す国広に気付いた。
駆けだし長義の元にたどり着いたころには、目の前で戦おうと振るおうとした腕が肩ごと寸断されてしまっていた。
「!」
吹き飛ぶ腕、切り落とされた腕。
「・・・あ」
そのまま、崩れていく長義。
国広は手を伸ばしかける。囲まれようが知った事ではない。
消えゆく霊力で顕現させた刀剣。

まずい、まずい、まずい。
慌てて駆け寄った国広は、その場に死体のように転がった長義の元へたどり着く。
「山姥切・・・っ!山姥切っっ!」
彼の名を呼びながら、国広は彼を抱き起こす。
けれど反応はない。血があふれ出している。どくどくと、絶え間なく。
「あ・・・」
腕もない、足もない。
意識もない。
刀剣男士たるものこの位で破壊されるほどではない。人の身体を持っているとしてもあくまでも人の身体のようなものを持っているに過ぎない。本丸に帰ればここから復活することも容易だった。
自分たちは道具だ。

けれど。

「・・・」
ふつり、山姥切国広の中で何か糸のようなものが切れた。
「貴様らぁあああああああ!」
怒号が響く。
そんな声を、薬研や南泉は初めて聞いた。あそこまで怒りを露わにする山姥切国広など見たこともうわさでも聞いたこともなかった。
「旦那・・・」
刀を構えながら、周りの遡行軍を翡翠の瞳で威嚇しながら彼は叫んだ。
「全員まとめて殺してやる・・・!絶対に殺してやる・・・!来るなら来い!俺たちを傷つけたこと、後悔させてやる!」
低く響く、獣のような咆哮。
けれど長義を抱くその腕は優しいままだった。傷つけぬように抱えている。そして彼は立ち上がらない。
動かないまま襲い掛かってくる敵を切り殺していくのだ。
「薬研藤四郎!南泉一文字!命令だ、ここにいる時間遡行軍を殲滅させろ・・・!」
「・・・」
旦那、それは無謀ではなんて薬研は反論しかけたが、彼から感じる殺気と圧力にため息をついた。
「分かった。やってやる・・・一つ、主には悪い事をするが・・・まぁ、俺は死ねない刀だ、安心して任せてくれ」
「・・・お前・・・ちぃっ、無理だけは絶対すんな・・・にゃっ!」
南泉は屋根の上で溜息を付きながら、戦いに走っていった。

こうして、全力で死屍累々になりながらも彼らはなんとか、ここら一体の謎の大軍を破壊することに成功した。
どうやって勝ったなど、彼らは全く覚えていないだろう。

「・・・国広の旦那、長義の旦那の具合を見せてくれ」
本丸帰還の門が開く前に、薬研は長義の前に膝をついて確認したいと、彼を抱いたままのくにひろを見上げる。けれど、国広は首を横に振るだけだった。
「・・・山姥切・・・どうして・・・お前は、こんな・・・」
歪んだ顔。
見たこともない表情に、薬研は何も言えなかった。
抱き留める腕は優しいままだ。血は止まっていないが、この分だと折れることはないだろう。刀が折れる前に刀の顕現が解かれたのが幸いしたのだろう。
「・・・」
南泉はただ、彼らを見守ることしかできない。目の前の国広の様子に、叫んでいないのに全力で叫んでいる嘆きに、何も言えなかった。
「俺は・・・お前に・・・何をしてやれるだろう・・・」
項垂れたままの山姥切国広。
泣きそうな彼の腕の中の長義は、意識を失ったまま彼の嘆きを知ることもなく、ただただ、使い捨てられた人形のように気を失っているのだった。