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本丸に嵐が来た。
そんな風に揶揄されたのは数日前の出来事。
政府からの特務調査を終えた審神者に、新たな力として新たな刀剣男士が配布された。一番最初に渡される刀に次いで二番目の、政府からの戦力である。

嵐とは山姥切長義。
この本丸に初めて配布された、審神者にとって初めての戦力である山姥切国広の本歌である。本歌とは写しからみた手本のような、言うなれば本科にとって写しとは己の模造の様なものである。

本丸に来て早々彼の言動は穏やかだった本丸に一石を投じた。

「やぁ、偽物くん」

彼は山姥切を、偽物と呼んだのだ。厭味ったらしく、嫌悪はないにせよ嫌がらせのように。そのおかげか一日にして彼の居場所は本丸からなくなった。
いや、恐らく彼は――。

「・・・静かなのは、いい」
聞こえないから。
騒がしいのは苦手だし、何より聞きたくない言葉であふれていることは容易に想像ができた。だから、誰も寄り付かなくていい。
「・・・」
一人、誰もいない部屋で誰も寄り付かない場所で。ただ、時が過ぎるのを待つだけ。
それで十分だった。
安息は、一人の時にしか訪れない。
政府にいた時も、ここに来た時も、戦っている時も、誰かがいることは苦痛でしかなかった。
ころり縁側に座り、柱に肩を持たれながら本丸のはずれで彼は、長義はなんとなく庭を眺めている。
季節は審神者の気分で変わるとは聞いていたが、この間向日葵だったかと思えば今度は菊の花が咲き乱れていた。別段それを綺麗だとか思う気持ちは全く沸いてこない。
「・・・」
それどころか彼にとっては退屈という感情すら全く沸き出でてこなかった。
何もなかった。
嬉しいとか楽しいとか、美味しいとか、綺麗だとか、そんな人のような感情は分からない。
それが、山姥切長義だった。
彼は、ゆっくりと目を瞑り、彼は風の音も耳に入れることなく、けれど眠ることもなくただ穏やかに意識を保ち続ける。

そんな時だった。

―――おい!山姥切はいるか!

「っ!」
聞こえてくる盛大な誰かの声。声の持ち主に興味もなかったので誰かは分からないがその誰かは大声で山姥切を呼んでいた。
「・・・俺では、ない、か」
唇を噛みながら低く呟かれる言葉。
銀色の髪の下にある眉は顰められ、目元も細められ顔がみるみるうちに感情とやらに染まっていく。ああ、焼け焦げてしまいそうだな、なんて頭の片隅が感じる。いつまでたってもこの感覚には反吐が出そうだった。
「くそっ・・・」
ああ、だから嫌なんだ。聞きたくはないんだ。
折角人払いをしたというのに、なんで心に刃を突き立てていくんだ。耳を塞ごうにも脳裏に染みついたその声が離れない。写しを、彼を呼ぶ声。山姥切の名を奪ったあいつを呼ぶ声。
顔を顰め、瑠璃の瞳に殺意を濁らせながら目を瞑ったままやり過ごそうと己の心臓の音に集中しようとする。
けれど、それは思いもよらぬ出来事に吹き飛ばされてしまった。

「嫉妬とかよくないよ?」
「?!」
あまりに近い声に、長義は驚き思わず目を見開き肩をびくりと痙攣させた。
「・・・っ!鬼を切った・・・友をきった・・・」
「ん?」
彼の目の前には、腰をかがめてこちらをものすごく近い距離で見つめる黄金の瞳があった。この本丸での名は髭切。源氏の重宝であり、そして数多の伝説で構成された太刀である。
髭切は眼をパチパチとさせながら、唇に笑みを浮かべたまま長義を見つめ続けている。
「なっ・・・なんの、よう・・・かな?」
「うーん」
思わずしり込みする長義をよそに、髭切はじっと獣のような瞳で彼を見つめながら唇を尖らせ始めていた。
「嫉妬とかはねーよくないよ・・・鬼になっちゃ、ありゃ・・・」
そう言って何か気が付いたのか、彼は動かない長義の頬を両手で包み込んでしまう。顔をロックされ、完全に動きを止められてしまった長義はここで初めて自身の危機を覚えた。気が付かなかった。まったく、この空気に飲まれてしまうなんて。
「うん、君はもう、鬼、だったねぇ」
くわ、と見開かれた双眸。キラキラと霊力を乗せて輝く獣のように狩人のように輝く瞳。
「・・・っ?!」
殺気にも似た気配に、長義は思わず後ろ手におのれの刀剣を顕現させる。抜きながら戦うスタイルのため、鞘に収まったままだが。
柄を握ろうとするも、手でたどるだけでは限度がある。
顎は動かせない。
「鬼なら、僕は、斬らないといけないなぁ?」
くすくすと笑いながら、獲物を見つめる髭切、別名鬼切丸に長義は圧倒されるしかなかった。
偽物くんに悪態をついたのがここで裏目に出たのだろうか。
――壊されてしまう。
ごくりと、恐怖に喉を鳴らすと、彼は、反射的に恐ろしいと出始めた感情を、捨てた。
「・・・!」
虚ろに変わる瞳。
何も見ていないが感じているだけの光のない瑠璃色の瞳。
「・・・ありゃ、これは」
霊力を開放したまま、じっと見つめてくる虚空に、髭切はあることに気づいて殺気に似たものをあっさりと納めてしまう。ついでに長義の顔から手をゆっくりと放し、そして。
「うん、えい」
銀色の髪に撫でられる額を思い切り指で弾いた。俗にいうデコピンである。
「痛っっ?!?!?」
思いもよらぬ場所への思いもよらぬ攻撃に、長義は刀から手を放して自分の額を両手で抑えてしまった。その我に返った一瞬で顕現していた刀剣はするりと長義の中へと帰っていった。
「いっ・・・な、なにをするんだ?!」
「うーん、鬼退治?かなぁ?」
首を傾げながらゆるゆると緊張感のない、けれど隙のない様子で微笑む髭切。
「はぁ?」
長義はその意味不明な様子におもいっきり顔をゆがめた。額に手は当てたまま。思った以上にかなり痛い。
「うんうん。鬼の子だけど、化け物切りだねぇ、面白いねぇ君」
彼は楽しそうだった。
「は?俺が鬼?俺は山姥切、化け物ではなく化け物を斬る刀だ」
見上げ睨みつけながら、長義は鼻で笑う。とはいえ完全にペースは髭切のモノでいつもの皮肉の一つも出て来やしない。流石というべきなのだろうか。三日月といい勝負だ。
「うん、化け物切りなんだけれどね、きみ自身は鬼なんだよねぇ、ここは本当に面白い子が来るなぁ」
意味不明にも取れるふわり雲のような振る舞いに長義はあっけにとられてしまう。
「そんなに怖がらないでいいよ。君は面白い鬼の子だねぇ。今度辛くなったら僕の所へおいで」
「何を意味不明な」
全く話のつかめない長義。けれど気にすることなく髭切は続けた。
「少しの間だけ、君の悪い鬼を退治してあげようね」
今はもういないから大丈夫だね、なんて髭切は微笑むと。何事もなかったようにふわり踵を返して長義の前から立ち去ってしまう。ひらひらと手を振りながら。

「・・・」
取り残された長義は、ただただ、あっけにとられ、ずるりと縁側に背中から倒れてしまう。

「・・・何なんだ、一体」

そう呟いた彼の心からは、あの黒くよどんだ焼けるような感覚はすでに消え去っていた。