悲願花 上
全ての始まりの物語。改造された五振りの魂。振るわれるまま彼らは次元を超える旅に向かう。
語らなければ、悟られまい。
全てを飲み込んでしまえば、それでいい。
ただ、まっすぐに。
あの子の願った世界を護るために。
これが罪だというのならば、甘んじて受けよう。
「ふんふんふふーん、ふーん」
ご機嫌な鼻歌を歌いながら、陸奥守吉行は自前の拳銃を手に取っていた。二丁あるそれの片方を着物の中に隠したホルスターに収め、通常は鉛弾を装填するシリンダー部分を開く。そこに銃弾は無く空の状態になっている。ガチャリ開けたそこに込める弾は存在しないのだ。
けれど、彼はその銃を愛用している。だからこそ、この片方だけはきっちり手入れをしてやらなければならないのだ。物への愛着は物から返ってくるものだから。
「ふーふーふーふん、ふんふんふんふんー」
鼻歌のメロディーをまた別の物に変えた吉行。弾の入ってないシリンダーを開けた後は、黒いすすと油で少し汚れた白い布で銃身からさするように拭き始める。外側は使っているうちにどうしたって汚れてくるものだ。丹念に、まるで刀剣だった頃に自分が手入れされている時のように彼は撫でる。やり方も、道具も違うけれど。黒い銃の汚れは分からない。けれど、拭けば確かに黒い汚れがこびり付く。
「中の方も、汚れちょるかのぅ」
シリンダーをはずしたバレルの内側を覗き込む彼。琥珀色の眼を細めれば、かすかに汚れがあるのが分かる。
すると、彼はおもむろに口を窄ませ筒の中に息を吹き込む。ふぅ、と注がれる空気は僅かに桜色が混じっていた。
「んー、弾込める方も、やっといたほうがええがか」
シリンダーの弾が充填されるべき所ものぞき込み、同じように息を吹きかける青年。ふわりと撫でるような吐息には微弱の霊力が込められているのだ。金属を作り出す彼の独特な霊力の使い方の応用らしい。
「こんな所にいたのか、陸奥守」
そんな時、ふわりと白い布をマントの様に靡かせながら、金色の髪が印象的な付喪神が現れる。珍しく頭には布が被さっておらず、日の光を浴びる金糸がキラキラと輝いていた。
「おお、山姥切」
美しい外見の男士の名を呼ぶ吉行。見上げる山姥切はその名で呼ばれる度ぴくりと眉を歪ませるが、それ以外の呼び方をするのは難しく本人も了承していることだ。
「なんじゃ、こがん所に来よって」
ケラケラと笑いながら、彼は銃の手入れを続ける。ふぅ、と今度は銃の表面上にも息を吹きかける。
「なんだとはなんだ。新しい夜戦場から帰ってきてから、あんたの姿が見つからないと主が俺に探させていたんだ」
斜めの足場にバランスよく立ちながら、山姥切は呆れた様にため息一つ。
「別に隠れとるつもりはなかったんじゃが」
息を吹きかけた表面を布で拭くと、黒い汚れが更に付く。そして、彼はどこからともなく細く硬い繊毛のついた筆のようなブラシを取り出し円筒の中へとゆっくり入れていく。
「誤魔化しても無駄だ。散々避けていたくせに。……俺が今この状態なのが何よりの証拠だろうが」
己の頭を指さして、彼は無表情に近いまま告げる。
それを見上げる吉行は、確かにその状態で探されては見つかるな、と苦笑を浮かべた。
「けど、ほんに隠れちょるつもりはなかったぜよ」
円筒の中からブラシを引き抜きながらも、彼は山姥切から眼を離すことはなかった。
「なら、なんだってあんたは屋根の上にいるんだ」
しかもこんな足場の悪いところで銃の手入れとは。ただの掃除なら、まるで見つからないように屋根の上に登っている必要はない。その行動はまるで見つけないで欲しいと言っているようだ。
山姥切の問いかけに、陸奥守はどこかわざとらしい様子で唸ると、首を傾げながら答えた。
「んー、空は近い方がええじゃろ?」
「答えになっていない」
「はははは、その通りじゃな!」
完全に答える気のない陸奥守に、山姥切は仕方がないと理由を諦め、軽くため息一つ。こうなってはどう問いかけても陸奥守は答えないと知っているから。ならば無駄な問いかけをしてはぐらかされる位なら、とっとと目的を果たした方が良いだろう。そう考え彼は話を切り替える。
「……とにかく、まだ池田屋の記憶の攻略は始まったばかりだ。主も出来れば縁のあるもの達で挑んだ方が遡行軍が出現しやすいかもしれないと、幕末縁の刀剣を選出することにしているんだ。主も話をしたいと言っている」
その場所で何があったのか、見ていた君達ならば分かることもあるだろうと。
今までの歴史修正阻止の影響で、開かれる新たなる歴史修正の場所。幕末、つまり陸奥守の元主が生き、そして散った時代でもある。しかも彼の生死が歴史の特異点となっている。だからこそ、主は彼を選出することを選んでいた。彼だけではない、新撰組の刀達も同様にだ。
「……ほうか」
主の命により今後もおそらくエリア攻略完了まであの場所に、あの時空間で戦う事になると告げられた陸奥守は、山姥切から眼を逸らし、手にしているリボルバー銃の手入れを再開する。
ぽつり呟く彼の顔は伏せられ山姥切の目下には彼の頭頂部しか映らなかった。表情は分からない。
「なんだ、別にあそこに出陣するのはこの間が初めてではないだろう」
声色から感情が抜けている事に気付いた金髪の男士は、言葉を続ける。どこか励ますような口調にも聞えて、陸奥守はくすりと口元だけで笑みを作った。
「おん。だが……何度も何度も繰り返しても、どうにも……慣れん」
あの場所には、あの時空間で起こる出来事、そして。
―――生きているあの子の姿を見ることになるのは。
「……」
山姥切は珍しく落ちたテンションの陸奥守に、何を言うことも出来なかった。ふわり、はらりと白いマント状に羽織った布が風に揺らめいている。
「今回も、多分陽動じゃろ……」
弾倉の内側に息を吹きかけ、丁寧に拭き取った後、彼はぽつりと呟く。何度も、何度も繰り返した。今回のエリア解放も、もう何度目だろう。
「だが、ここの主はそれを知らない。俺達も知らない事になっている」
淡々と、この本丸では近侍である彼は告げる。主の意図を彼が一番よく話されている。主は政府から重大な事象を聞かされていない。だから、彼は知らないふりをし続ける。
「……」
主が知らずに行なう選択。もちろん昔の主を見せる事に罪悪はあるのだろう。しかし、手段は選べないのもまた事実。陸奥守は拭き終わったシリンダーをガチャリ、元に戻す。銃弾は一切込めずに。
「だが、気付いているだろう。陸奥守」
何度も繰り返しているこの、戦い。彼らは長い長い体感時間の中、感じるものがあった。
「ああ。検非違使の件もそうじゃが、少しづつズレてきちょる」
検非違使は、彼らが知る時間の中では存在していなかった勢力だった。もっとも、その根源はこの戦いの恐ろしさを示すものだったのだが。
銃身を最後に撫でるように拭くと、陸奥守は服の中に仕込んであるホルスターに収める。
「やから、わしはちくっと……ああ、いや。なんでも……」
顔を上げ、山姥切を見上げようとした彼だったが、言葉と共に飲み込む様に碧い眼の彼に視線を合わせることはなかった。
「あんたは……本当に、初めて会ったあの日から、変わらないな」
そう言って、山姥切国広は陸奥守が近い方が良いと言った空を、仰いだ。
*
―――ああ、本当に。何度、何度、何度。
「ちょっと、陸奥守何ぼーっとしてるのさ」
出陣直前。主がとある部屋にある巨大な扉の一つに術式を埋め込んでいる間、陸奥守吉行はぼんやりと思考の海に落ちていたらしい。加州清光はそんな彼の裾をつまむ。
我に返った陸奥守は珍しく驚いた様な表情を浮かべて加州を見下ろした。
その間にも三つある巨大な観音扉の中心にある一つでは術式展開が進んでいる。三つの扉は、審神者なるものに与えられた政府からの支給品の一つ。
観音扉は岩融が二人縦に並んでも余裕があるくらいの高さで、横幅はその三分の二ほどであろうか。和数字と漢字と見たことのない文字が扉の至る所に、まるで西洋の魔方陣か何かのようにみっちりと彫り込んである。
遠目から見ると、この扉は巨大な鐘と蛇を模した女神が描かれていた。もちろん日本の昔話に出てきているだろうフォーマットの。
扉は審神者が術式を施すことで時空間転移が可能となり、歴史修正の歪みへと移転することが可能である。もちろん審神者自身もその時空間に出撃する。審神者がいなければ帰りの扉が開かれないから。
そんな出撃準備をする審神者なるものの傍には長曽根虎徹の姿があった。今回の部隊長は新撰組局長の刀であった彼が選出された。練度に少々問題はあるがルート安定から審神者は彼を選出した。傍で見守るその刀の背中はいささか緊張している様だった。
「それとも、何、傷の方がヤバイの?」
ヒールのある靴を履いても陸奥守の身長に届かない加州は心配そうに眉を潜める。彼は陸奥守のある事象を知っている。だからこそ、ぼんやりとしていた彼を気にかけていた。
「んや、問題にゃぁよ」
ふわりと笑んで、彼は首を優しく横に振る。間違いは無い。傷口は今のところ落ち着いていて出撃や戦いに支障はない。十分な休息がきちんとあったのだから。腰に手をあてることなく否定する彼の様子に加州は軽くため息を一つ。
「とか何とか言って毎回毎回隠されるのいい気しないよ?っていっても、全然聞かないんだろうけどさ」
この笑みが本当に大丈夫なのか隠しているのか、いつも本当に判別がつかない。
「はははは、いやぁ、褒められると照れるにゃぁ」
どこか道化じみた所作で、陸奥守はケラケラ笑って頭を掻いてみせる。
「全然、褒めてなかったよね今!」
会話のドッチボール回避込みに加州は思わずツッコミを入れてしまう。陸奥守と話しているといつもこんな調子になってしまう気がする。
「おいこら、陸奥守に加州なにやってんだよ。とっとと行くぞ!」
ツッコミの声が以外と大きかったのか、和泉守兼定が新撰組の羽織と己の黒い艶やかな長髪を揺らめかせて二人の前に仁王立ちで現れる。どうやら主の準備はそろそろ終わりそうで、扉の装飾部分と堀の部分に青白い霊力の光が通り始めていた。
「おお、和泉守がやる気じゃ」
以外と身長のある和泉守を見上げて、陸奥守は茶化すように笑う。
「ったりめえだろ。池田屋だぞ池田屋。あの人達が作った歴史を変えさせてたまるかってんだ!」
茶化されたことに気付いているのかいないのか、彼は意気揚々と声高らかに宣言し、拳を胸元で握る。眩しいほど、純粋なその言動。
「……」
陸奥守は、彼の様子に眼の奧を揺らめかせながら一瞬思い起こす。
――その意志は変わっていないのに、どうして、わしは。
「おんしはまっこと、強くてかっこええのぉ!」
しかしその思い出した揺らぎを振りほどくように、眩しそうに陸奥守は和泉守に笑いかける。人懐っこい、人をたらしこむような微笑みで。
「は?何言ってンだてめえ?」
いきなり唐突に褒められた和泉守は面食らう。だからこそ思わず荒げた声は裏返る。
「え、何ちょっと喧嘩?やめてよね出陣前に」
その声に、何やら喧嘩の臭いを感じた大和守安定がひょっこりと彼らの傍に現れる。元主である沖田総司を模したような出で立ちの、少々小柄な少年の姿をしている。光の加減で紺青にも見える黒髪を曲げの様に結わえて。加州と正反対のような青い目が印象的だ。彼は面倒臭そうに、けれど穏やかに仲裁に入ろうとする。その様子に少々加州が気に入らないと頬を膨らませたが、それはまた別の話。
「別に喧嘩もなにもしてねえよ……なんかいきなり笑われてなんなんだよ」
頭を掻きながらばつの悪そうに和泉守は眉を潜め陸奥守から顔を逸らす。顔は逸らすも視線はちらちらと彼を伺ってしまう。一体何事なのか。たまに彼の言動が意味不明で困ってしまう事がある。
「ははははは、気にせんでええよ」
妙な事を言ってしまって悪かったと、笑いながらも悪びれた様子もなく陸奥守は虚空を手の平で叩く。
「……気になるなぁ、おい」
褒められたのは悪い気はしないが、陸奥守から素直に褒められる事が希すぎて困惑するし、いきなりのことでどう対応していいのか。
「ちょっとーみんな何してるの?行くよー?」
そんなよく分からない空気の中届く、堀川の皆を呼ぶ声。どうやら完全に扉の術式は完成し霊力が満ちていた。輝く青い白い光が、綺麗な絵を描いていた。古の女神、なのだろうか。
行くよ、の声にそれぞれが扉へと向かう。
その間に、審神者なるものは観音扉に手をかけ軽々と開く。その奧は闇だがキラキラと星が瞬くような小さな光が溶け込んでいた。まるで星空のような波打つ壁に、一番最初に身体を通したのは主であった。その主に続くように部隊長である長曽根、そして堀川、和泉守、大和守、加州も続く。
最後は、しんがりを勤める陸奥守吉行だった。
彼が入った後、扉は静かに閉じられる。
過去に向かう時間移動の手段。
何度も何度も経験した陸奥守だったが、何度通っても不思議な光景に感じられる。
落ちているのか、浮いているのか、浮遊感も重力もない、けれどどこかに向けて引き寄せられている事だけは分かる。
何処へ向かうのか、それは過去。未来への道は何処にもない審神者なるものが作り出す通り道。
周りにちらちらと浮かぶのは過去の断片か。風景のような、人の行為の瞬間のようなそれは見えていても全く記憶に残らない情景。見えているが記憶できない、記録できない可能性という名の平行線だと以前政府が説明していた。それは何時だったのか、そんな事はとっくに忘れてしまっている。星の光のように見えるものが、きっと平行線の断片なのだろう。
引き寄せられながら、陸奥守の眼に違う景色がハッキリと認識できる景色が眼に入る。今までの経験上その見える景色が、攻略すべきエリアだ。
景色の向う側に辿り着いた彼は、空間の割れ目からまるで一段の階段を飛び降りるように着地する。
地面につく足、周りに広がる景色。
今は闇が支配する時間帯なのだろう、あたりはかすかな生活の灯火の光のみで薄暗い。
夜目の利く陸奥守の琥珀色の瞳がまるで猫のように光を帯びる。それは彼だけではなく、今回出陣の5振全員が当てはまる。
打刀と脇差のみの編成。短刀がいないのは心細いが、今回の出陣は主の采配である。信じるほかない。
そして、彼ら幕末縁の刀剣達の眼に映るのは、あの、池田屋だった。
審神者は長曽根に軽く指示を告げると、周りに見つかるといけないとその身をすぐに隠す。ふわりと景色に溶け込む審神者なるものの姿は消えていく。政府が用意した市街地用の術式なのだという。流石に市街地では人の視線をどうしたって人間は受けてしまう。男士達はその特性上霊体に近い身体で、審神者以外にその姿を見せられることはなかった。
その証拠に彼らの後ろを近くを、人が走っていく。彼らの眼に、刀剣男士は映らない。
「さて……と」
建物を見上げる長曽根。彼の眼に映るのは審神者なるものから指示された二階への入り口だった。どうやら政府曰く二階から出撃するように、との事だった。
長曽根の元に集まっていく男士達。
「ご用改めである!」
彼の一言に、全員が二階の入り口へと繋がる屋根へと跳んだ。
進入する池田屋の二階。
乗り上がった彼らは順々に目の前に広がる光景に好戦的な笑みを浮かべた。
「敵が多いな……」
ぽつり呟きながらも、ギラギラと青の眼を輝かせる大和守。腰にいつも携えている己の本体、その柄部分に手を添え腰を屈める。いつでも斬りかかれるように。
「あははっ。盛大な歓迎だなぁ。人気者は辛いよねー」
そんな大和守の隣にはどこか余裕の口調で、パンと両手を叩く加州の姿があった。二人はなんだかんだ共に出陣することがあれば隣同士から戦闘を始める事が多い。二人曰く癖、らしい。
「馬鹿言ってないで……真面目にやるぞっ!」
建物の二階にみっしりと存在している遡行軍。数は数えるときりがないくらいだろう。幸いにも、まだこの二階にはこの時代の人間は誰一人として辿り着いていないらしい。
今のうちに倒しておかなければどんな修正が行なわれてしまうことか。暗殺阻止か、それとも重要人物の殺害か。どう転ぶかは彼らは知らない。
茶化す余裕のある加州を睨み付ける大和守。戦闘寸前の状態だからか、いつもなんだかんだ穏やかな彼の雰囲気は殺気立っていく。苛ついているのとは違う、凶暴な獣が目を覚ますようなもののよう。
相方でもある安定の言葉に、加州は慣れた様子で微笑む。敵への警戒は怠らない。手を合わせたその場所から、加州はゆっくりと本体である刀剣を出現させていく。まるで手の平が鞘に繋がっているかのように。するりと抜けていく真剣。あの日とは違って、ボロボロではない、綺麗なままの刀身だ。闇を打ち払うほどの輝きを怪しげに放っている。
「分かってるって。でもさー。孤軍奮闘してたあの人よりは全然楽な状況だし?」
後ろには仲間がいる。ひとりで相手にする大群ではない。6振りで対抗する状況なのだから。それに。
「はぁ。油断してて折れたり欠けたりしても知らないぞ」
そう言って、大和守は先陣切って遡行軍の一軍に斬りかかっていく。後ろに控えていた長曽根や、和泉守、堀川もそれに続く。陸奥守は状況を見定めるように二丁の拳銃を懐から取り出していた所だった。怪しく輝く琥珀色の眼は舐めるようだ。
「うげ、それはぞっとしないなぁ。よーしちょっと本気出しちゃおっかなー……なんて、ね」
安定の笑えない冗談に苦笑しつつも、加州は刀剣を構え斬りかかっていく。
何度も繰り返したこの情景。少し変動はありつつも、やっぱり変わらないものだ。恐いくらいに。
「……」
一番最後にこの池田屋二階に飛び込んだ陸奥守は、苦笑しつつも躊躇いなく飛び込んでいった加州の背中を、眩しそうに見つめる。もちろん敵の状況把握も忘れない。
視線を向けながら誰がどこで斬りかかり戦っているかを確認しながら、持っている二丁のリボルバー銃に霊力を込める。コツ、コツと6回づつ何かがぶつかるような音が銃器から響く。微弱な音で、持っている陸奥守しか判別出来ないくらいの音量だが。
音を判別し、彼は戦う男士達の隙を探す。
探せば自ずとそれを狙う修正主義の兵士が襲いかかるから。その思考は正しく今まさに長い薙刀を構える兵士の姿が見える。この狭い部屋の中では震えずにまるで突くような攻撃しか出来ないと気付いたらしい。隙のありすぎる編成に毎度の事ながら違和感を覚えるが、そんな事は今どうだっていい。
銃の安全装置を外して陸奥守は引き金を引く。
パン、と音は鳴らない。彼の霊力を込めてある銃は人間に悟られないよう、音が鳴らないよう細工がしてある。打ち出される弾丸は一瞬にして兵士に届き頭部を貫く。貫いたところから穴が空き、それが広がるように兵士の肉が剥がれ、ぼとりと床に骨のような部分だけが落ちていく。闇討ちの中では彼の火力を持ってすれば一撃だ。
狙われていたのは加州清光。自分が切り伏せて消滅させ残る死体だけが骨の山となっていた。思わず振り返る加州は、同じような死体と遠くから狙い澄ましていた陸奥守に気付いてそっと頷いた。ありがとうと礼を込めるように。
ちらちらと銃を振り、どういたしましてのサインを送っていた陸奥守。余裕があり隙が見える彼に、今度は打刀型の兵士が背後から斬りかかろうとする。
しかし、陸奥守は口元に笑みを浮かべるとくるり反転し。右手に持っていた銃器に霊力を注ぎ込み己の本体である真っ直ぐな刀剣を出現させそのまま流れるように切り捨てる。
不意を突かれたのは敵側の方であった。銃器であればどうしても少しだけタイムラグが存在してしまう。刀装兵と同じようなものだと相手は考えていたのだろうが、あいにく陸奥守のそれは特別製だ。
「油断大敵、わしは時代遅れでも……刀剣男士やき」
本体はいつでもどこでも、己の傍に置いておくもので。もちろんこの二丁目である本体を銃器として使う事もあるが、刀剣の方が霊力は込めやすい。
「さぁて、こっからが本番じゃな」
一人全体を見渡せる所にいる吉行は、刀と銃を構えて。いつの間にか慣れてしまった戦いを本格的に開始した。
どれくらい倒しただろうか。
思った以上に敵の数が多く、出陣している6振りの男士達はギリギリの戦いをしいられていた。あと一撃でも食らえば強制送還されかねない位には消耗し、霊力も尽きかけていた。
「……あと、少し……」
ぽつりと、加州清光は呟く。それに続くように陸奥守吉行も頷く。彼ら二振りは察していた。この状況、この切り進んだこの場所に、現れると。
「あと、少し……?」
知っているような口ぶりに、脇差である堀川国広は眉を潜める。彼の霊力がこの中で一番ギリギリで、周りに気を遣う様な状況ではないのだが、彼の性格と脇差としての特製がそうさせてしまうのだろう。
彼ら二人は何かを知っている。まるで兄弟刀である山姥切国広が時に呟いているような、知らないはずのことを知っているような素振りだった。意識を思考に持っていきそうになるも、堀川はそんな事を考えている場合ではないだろうと自分を心の中で叱咤し、辺りに意識を配る。相手も疲弊し、戦力の殆どは屍と化しているようだ。
そこへ現れる、今までとは系統の違う遡行軍の一体が現れる。それは打刀型だが、異様な雰囲気を纏い、配下に5振りの遡行兵を引き連れていた。俗に言うこの時間軸区域を攻略中の遡行軍、その親玉であった。
「……!」
あと少しと言った加州の言葉の直後に現れたそれに、あまりのタイミングの良さに堀川は胸騒ぎを感じるが、そんな事を考えている場合ではない。本体を構え、身体のあちこちに切り傷をつけ衣服に血液を滲ませながら彼は集中力を高める。兄弟のように眼に特化した霊力を使えるわけではないから、若干の荒はある。
編成は6体。打刀2、脇差2、短刀1、槍1。
堀川が編成を伝えると、全員が戦闘を開始する。堀川がなんとかまず槍一体を早々に沈め、他の面々が後に続く。打刀の速度の妙な遅さが気になるが、まずは先手必勝、落とせるものから彼らは落としていった。
元々満身創痍で挑んでいたためだろう、弊害として大和守と和泉守が戦闘不能、加州も長曽根も、中傷まで追い込まれていく。次の一手に耐えられるかどうか。相手の数も十分に減らしたが、それでも残りはいる。
動いたのは加州。とにかく勝利を持ち帰らないと、また繰り返す羽目になる。あまり巻き戻したくはないものだ。
「くっそ、これならっ!」
次の一撃を食らえば落とされるかもしれない、そんな中、加州はボスらしき個体に刃を向ける。しかし、相手に刃は届かない。霊力か何かの膜が敵を覆っているため、本体まで斬りつけることが出来なかったのだ。一撃必中の剣、加州は一旦引くしかできず、敵から距離一旦距離を置く。
「くっそっ、なんだよあのボス、すっごい硬いんですけどー!」
あんな強度だっただろうか、刻まれた記憶を思い起こしながら加州は舌打ち。霊力の壁に正面から当たった影響だろう、利き手が痺れてすぐに動けそうに無かった。
残っていたボス以外の一体を陸奥守が銃弾で撃ち抜く。
「あいつは……ああ、そやね……あいつは硬い」
銃器に霊力を込めながら、懐かしいものを見るように陸奥守は目を細めて【ソレ】を見据える。
加州はそんな陸奥守を見上げるも、言葉は見つからずただ震える手で刀を構えることしか出来なかった。ただ、構えるのがやっとで、実際に振れそうにはなかったが。
長曽根は倒れるわけにはいかないと、気を失っている大和守を抱きかかえて一旦戦闘から引く。部隊長が重傷を負うと政府が作り上げた審神者システムにより強制帰還とされてしまうためである。
やはり練度の差は大きいのかと、悔しげに彼は残り一体の遡行兵の前に立つ三人の背中を見守った。和泉守はギリギリ立つ事が出来たが、それでも刀を振うことは出来ず、無くなった右腕の代わりの左手で本体をなんとか掴んで意識を保っていた。
「陸奥守さん……僕に考えがあります」
まともに戦えるのは自分と、刀剣にも関わらず銃器で戦う陸奥守のみ。
「堀川……どうする気じゃ」
ゆらり、ゆらりと緩慢な動きで近づいてくる最後の遡行兵。
「僕が、相手の護りを剥がします。その後たたみかけるように相手を打ち抜いてください」
「剥がす……?」
「ええ。この戦いに来る前、主様から僕ら脇差に向けて通達がありました。一か八かになりますが、敵の護りを一瞬で消し去る方法を教えてもらいました。きっと、今がその時です」
この戦いに間に合うようにしたんでしょうね。ぽつり、堀川は続ける。
「そがな方法……あったんか」
敵は近づいてくる。
「ええ。陸奥守さんが以前どうやってアレを倒したかは知りませんけど、今はその方法があります!」
そう言って、有無を言わさないと言わんばかりに堀川は駆け出す。
「っ?!」
彼の【以前】という言葉に面食らう陸奥守だったが、言葉にはしないいいからアイツぶっ殺すオーラー全開の堀川国広の策に彼は乗っかる。おそらく政府がいつの間にか考案した方法なのだろう。
飛び込んでいった堀川は広がる敵打刀の硬い護りの、ある一点に刃を突き刺すと全身の霊力を集中させる。突き上げる一点は正面下部にある、腰の辺りの空間だった。そこにはまるで刀剣男士達が持っている刀装の玉に似た漆黒の球が装飾品のようにぶら下がっていた。
「だぁあああ!」
切っ先からの霊力で、その球は割れる。割れると同時に勢い良く堀川は床に転がってしまうが、ソレこそが合図になる。
「……よぉ狙って」
待ち構えていたとばかりに、陸奥守は惑う敵の脳天めがけて。
「バン!」
霊力を込めた弾丸を撃ち込んだ。
打ち込まれた敵は一瞬で砕け散る。夜戦の効果もあって今どんな状況下敵が把握する暇もなく無残に死体が生成される。
静まる、辺り一面。下ではどうやら討入りでも開始になったのか、人が騒ぐ悲鳴が聞え始める。一旦はタイムリミットだろうか。二階の兵士を殲滅させた一軍は、ここでひとまず一呼吸置く。
「これでええんじゃ、これで」
打ち終わった陸奥守は手にしていただけの刀剣を銃器の形にすると、先ほどまで使っていた獲物と共に着物の中に隠しているホルスターに収めた。
―――何度、彼らを壊す事になるのだろう。
×××
人の営みが聞える。討ち入りの音だ。
また、攻めてきているのだろう。人が、人を暗殺するために。歴史を刻んでいく。
「だいじょうぶやき……こん世界も歴史は変わらん……安心せぇ」
暗闇の中、一人の青年がぼんやりと立っていた。立つ彼の足下には幾人の死体。彼の手に握られている刀剣には酷く鉄の臭いが強い血液がこびり付いていた。
ひた、ひた、と闇の中ではただの黒い雫が畳の上に落ちていく。落ちた雫は畳に染みることなく、蒸発したかのように消えていく。
彼のすぐ足下にある一つの死体がぴくり、ぴくりと動く。どうやらまだ死体未満だったらしい。手を振わせ、頭を起こそうと藻掻く人の形をした物は、眼球だけギリギリの所でなんとか上を見上げる。
そこには、光を失ったかのような【彼】の表情があった。人懐っこい笑みを浮かべていたとは到底思えないほど、深い深い、今辺りを包む闇よりも、深い闇が彼の中から溢れていた。
「おん……まぁだ、生きとったか……すまんのぉ。××。おんしはまっこと硬とぉて、わしの刀じゃぁ、綺麗に殺せんかったなぁ。許しとおせ」
死体になりかけているソレの名前を呼び、彼は寂しそうに呟く。
「――――!」
なりかけはその彼を名を呼ぶ。呼んで、すぐに、息絶える。黒に見える血溜まりがじわり、じわりと広がっていく。鉄の臭いが酷く強い。
「許しとおせ……わしは、どうしても……あん子が、生きた証を……未来を否定しとうないんじゃ」
護る事の出来なかった自分を肯定するための詭弁かもしれない。もう一人の自分が内側から身体を叩くように否定することもあった。
守り刀になる事が出来なかった自分は許せない。
それでも、それでも人の生きてきた過去を、証を、逸話を、伝説を。否定して未来からねじ曲げることが正しいと言えるのだろうか。
何度も、何度も歴史を修正する瞬間に携ってきた。他の刀剣と共に。
ある者は守れなかった元主の生死をねじ曲げ、ある物は後の悲劇を防止するために年端もいかぬ子供を殺していた。
己も同じような事をして、果たしてあの子に胸を張れるだろうか。
「……過去を否定しても、未来は……産まれんよ……」
血の付いたままの刀剣、その柄を握りしめたまま彼はまっすぐに前を向く。
「こんで、ええんじゃ……わしが……変えるべきは、わしらがしちゅう行為じゃ」
だから。
自分がこの手で仲間の刀剣を全て破壊してでも、歴史の修正は止めなければならない。
人が物に願いを託した結果、刀剣が人の姿を得ていても。
「……許しとおせ××」
最後に破壊した刀剣の名を、彼は再び呼ぶ。呼ばれた刀剣と、他の死体になった刀剣は全て元の鋼の身体に戻った後、パキリと折れ、その後跡形もなく崩れ消えていく。本来この時間軸に存在してはならない物体だから。
刃についた血液も存在を否定するかのように消えていった。
そんな中、彼は気付いた。気付いて、ぽつり口を開く。
「そこにおるやつ、出てこんか」
真っ直ぐに、闇の中を睨む青年。何かが、覗き込んでいるのを感じていたのだ。まるで薄い紙の向う側でこちら側を眺めているような、異様な気配を。
彼の言葉に、闇が揺らめき一枚空間がめくれてそこから白い死に装束に顔面を一枚の布で覆い隠した、白い黒子の様なモノが現れた。
顔が布で覆われているため表情は読み取れず、動きも無駄が無く感情の一切は判別出来なさそうな外見をしている。ソレは声らしきものを放つ。
淡々と。
「やぁ、はじめまして。陸奥守吉行」
声からも性別が全く判別出来ない。感情も見あたらない。まるでインプットされた文言を再生する機械の様な口ぶりだった。
それを陸奥守吉行と呼ばれた青年は、刀を構えて臨戦態勢を取る。
「警戒しないでくれ。私は君に危害を与えるために現れたわけじゃないよ」
ひらひらと丸腰だと主張するように、両手を振ってみせる。確かに武器らしい武器は携えていなかった。しかしこの得体の知れないモノは空間の向う側から現れた。術式で傷つけてくることがあるかもしれない。神とはいえ所詮下位である付喪神、人為的な術式には勝てないことが多い。
「私は少し君に提案をしに来たんだ」
語らずに警戒心を露にする陸奥守に、それは続けた。
「君はとても恐ろしい。どの時代でもどの時系列でもどの世界線でも君のしている行為はぶれずにまっすぐだ。いや、意図的にまっすぐであろうとしている、というのが正しいのかな?」
ぴくり、柄を握る手が動く。しかし彼は何も言わない。
「恐ろしいね、ただの人が作ったはずの道具の一種が人の意志をもっているかのように振る舞い、人の命令に背いているのだから」
淡々と、気味の悪い言葉を吐く白い何か。
「けれど、それならば丁度良い。人の命令に背くことの出来る意志をもった付喪神。君ならば私達の実験に丁度良い。報われない、時間の狂った世界を見ても壊れることの無かった君ならば、はじめのひとふりに丁度良い」
実験という言葉に吉行は、眉を潜める。これは、何を提案しようとしているのかと。
「おんし、何が言いとう」
答え次第では切ることも厭わないと言った雰囲気で、彼は構え続ける。
「すまない、少しまどろっこしかったかな?何簡単だ。私達は歴史を改変しようとしているもの達を止め、歴史をあるべき、改変される前の姿に戻すことを目的としている。君と一緒だ。だから、一つ、私達に協力してくれないだろうか?」
白い人の形らしきものは、陸奥守に歩み寄りそっと手をさしのべる。身長は至って平均的な高さで、吉行を少し見上げるような形だった。
「……」
陸奥守はその手を、見つめる。闇の中でも白いと分かるその肌を。
「君の思想と同じだと思うんだ。私達なら、君のしていることを肯定することができるよ」
過去を否定しない思想。
誘うそれに、思わず陸奥守は一つ問いかけてしまう。
「おんし……何者じゃ」
刀を構える腕が落ちていく。
白いそれは、淡々と聞かれるがままに正直に答えた。
「私は……そうだな、審神者なるもの……とでも言うのかな、陸奥守吉行」
差し出す手は引っ込められることなくそのままだ。
その手を、彼は――――――。
陸奥守吉行は語らない。
正しい歴史に修正しながら、彼は黙して語らない。
全ての始まりの物語。改造された五振りの魂。振るわれるまま彼らは次元を超える旅に向かう。
絶海の華、初期刀編1。
山姥切国広メイン。サブメイン堀川国広の話。